機械・医工学コース
教員
指輪センサで熟練の技を科学する
奥山 武志
2025.04.25
東北大学機械知能・航空工学科から最新の研究や研究室の様子をお伝えするウェブマガジン〝ViEWi〟。今回は、バイオメカニクス、とりわけ微生物の研究を通じて、疾患予防や治療、赤潮予測等に寄与する石川拓司教授にご登場いただきます。
——はじめに、ご専門の研究分野と目下取り組んでいる研究について教えて下さい。
私たちは、力学を用いて生体の機能を解明する「バイオメカニクス」の研究を進めています。生き物の研究と聞くと生物学を思い浮かべるかもしれませんが、生命現象を理解するためには化学、物理学、情報学、そして力学といった幅広い分野の融合が欠かせません。地球上のあらゆる生物は重力の影響を受けており、微生物であっても重力に逆らって水面へと泳ぐ性質を持っています。また、私たちの体内では心臓が拍動して血液を流し、高い血圧を生み出しています。このような生命現象を理解するには力学的視点が不可欠です。
研究対象は人体や食品、ロボットなど多岐にわたりますが、中でも最近は微生物の研究に力を注いでいます。微生物は地球上のバイオマスの半分以上を占め、人間活動とも深く関わっています。医学分野では腸内フローラが健康に影響を与え、工学分野では水質浄化や食品発酵に利用され、環境分野では赤潮のような被害をもたらします。こうした微生物集団の挙動を予測し、制御する学術基盤の構築は、社会的にも強く求められています。

少し学問的な話になりますが、既存の流体力学や移動現象論は、ミクロな分子運動からマクロな現象までを統一的に記述する枠組みを提供してきました。しかし、自律的に運動し環境に応答する微生物の場合、従来の理論の枠組みでは不十分です。私たちは、物理環境に対する細胞の応答を記述する行動力学方程式を提案し、個々の細胞の動きからマクロな連続体へとスケールをつなぐ新しい理論を構築しています。具体的な研究例としては、ゼブラフィッシュの腸内細菌挙動を観察・モデル化し、腸内フローラシミュレーターを開発して疾患予防や治療に役立てる研究。有害赤潮藻の集積を実験装置で再現し、モデル化して赤潮予測に役立てる研究。さらに、ボルボックス目やカイメンを用いて多細胞化の進化メカニズムを力学的に探る研究などがあります。これらは工学、物理学、生物学をまたぐ学際的な挑戦です。

——なぜそのような研究に取り組んでいるのでしょう?
現代の科学技術は、紀元前に発見されたピタゴラスの定理をはじめ、過去の科学者や研究者の努力の積み重ねによって成り立っています。私は、人類が築き上げてきたこの科学技術を、一歩でも半歩でも前進させることが重要だと考えています。先人が築いた知の礎に少しでも貢献したいという気持ちで、研究室を運営しています。同時に、次の世代を担う研究者を育成し、研究室から送り出していくことも重要な役割だと考えています。科学技術を前に進めるバトンを受け取り、次の世代へ渡すこと、それを通して社会に貢献することが私たちの使命です。
私たちの研究は、まだ誰も研究していない現象を実験的に観察することから始まります。その本質を理解するため数理モデルを構築し、最後に数値シミュレーションで現象を再現し、検証します。実験・数理・シミュレーションを一貫して行えるのが当研究室の強みです。また、最近は知能に関する研究も始めています。ノーベル経済学賞受賞者Herbert A. Simonは、浜辺を歩く蟻を例に「蟻はきわめて単純である。その行動の経時的な複雑さは、主に、それがおかれている環境の複雑さを反映したもの」と述べています。微生物は蟻よりも単純な単細胞生物であり、知的とも思える行動の多くは、複雑な環境下でのシンプルな応答です。私たちは、こうした知的に見える振る舞いを「原生知能」と呼び、そのアルゴリズムやヒューリスティクスの抽出に取り組んでいます。私たちの研究と教育によって、社会や科学技術の発展に少しでも貢献できればと思います。

——東北大学の工学部は「研究第一主義」を理念としています。研究室では、学生さんはどのような研究、実践ができるでしょうか?
私たちの研究室は、医工学研究科と工学研究科の両方に所属しています。どちらの研究科に進学するかは、学生自身が自由に選んでいます。工学研究科では、工学部機械知能・航空工学科で学んだ知識をさらに発展させるカリキュラムが用意されており、修了時には「修士(工学)」の学位が授与されます。一方、医工学研究科では、医学の基礎から学べる実習科目が充実しており、青葉山キャンパスだけでなく星陵キャンパスでも講義が行われます。修了時には「修士(医工学)」の学位が授与されます。当研究室では、工学研究科と医工学研究科の学生がおよそ半々の割合で在籍しています。
私たちは、学生の皆さんが在籍中に大きく成長し、自信を持って社会へ羽ばたいていくことを願っています。研究室では、最先端の実験計測技術を駆使し、生命現象の計測やデータ解析を行うことができます。さらに、大規模数値シミュレーションにも力を入れており、プログラミング、数値解析、サーバー管理といった高度なスキルを習得できます。これらの技術は、アカデミアだけでなく産業界でも高く評価されるでしょう。

——先生が「バイオメカニクス」の分野を志したきっかけを教えて下さい。
私がこの道に進むきっかけをくださったのは、大学時代の恩師の山根隆一郎先生でした。当時、私は航空宇宙技術に興味があり、山根研究室で超音速流れの研究を希望していました。そして博士課程に進学し、アカデミックの道を歩むことを決意していました。そんな私に山根先生は、「これからはバイオの時代が来るから、生体流体をやりなさい」と勧めてくださったのです。当初は想像もしなかった研究分野で戸惑いましたが、先生の経験に基づく言葉を信じ、動脈狭窄部の血流シミュレーションを始めました。この出会いが、その後の私のキャリアを大きく拓くことになりました。大学での新しい出会いは、人生を変える力を持っています。皆さんにもよい出会いがあることを願っています。
石川 拓司 Takuji Ishikawa
医工学専攻・教授
静岡県出身。東京工業大学(現 東京科学大学)工学部卒業。東京工業大学工学研究科修了。病変を伴う血管内の血流シミュレーションの研究に取り組み、博士(工学)を取得。その後、福井大学工学部の助手、助教授として微生物バイオメカニクスの研究に従事。2006年から東北大学工学研究科准教授、2013年同教授、2021年から東北大学医工学研究科教授、現在に至る。専門は生物流体力学、バイオメカニクス。現在は、腸内フローラの可視化と数理モデル化、有害赤潮藻の集積実験とシミュレーション、生物の多細胞化を力学的に探る研究などに従事。
Laboratory Website: 石川/菊地/大森研究室
ABOUT
ミライをつくる、
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ViEWi(ビューウィー)は、東北大学工学部機械知能・航空工学科の「人」にフォーカスした情報を発信するウェブマガジンサイトです。研究者の視点や物事の考え方、研究内容を発信したり、卒業生や在学生の現在の取り組みや今後の展望などを発信していきます。