基礎研究と産学連携による革新的な製品開発を通して、安全・安心な社会や生活の実現を

ファインメカニクスコース / 教員

山口 健


2024.04.11

基礎研究と産学連携による革新的な製品開発を通して、安全・安心な社会や生活の実現を

——研究分野や目下取り組んでいる研究について教えて下さい。

アメリカメジャーリーグで活躍する大谷翔平選手はなぜ高速かつキレのあるボールを投げることができるのでしょうか? もしかしたらボールと指の間の摩擦が鍵を握っているかもしれません。指とボールの摩擦が高ければボールの回転数が増えて、ストレートはよりホップしやすく、変化球はより変化しやすくなります。また、逆に摩擦が低いとボールがすべったり、回転数が低下したりするだけでなく、投手の肘のけがのリスクが高くなることなどが指摘されています。しかし、この指とボールの摩擦がピッチングに及ぼす影響は「すべりやすい」とか「すべりにくい」といった人間の感覚で議論されることがほとんどでした。私たちの研究室ではメジャーリーグのボールや日本のプロ野球のボールと指の摩擦係数を計測し、世界で初めて日本のボールがメジャーリーグのボールよりも20%もすべりにくいことを明らかにしました。また、ボールと指の摩擦が変化すると投球動作や筋活動が変化することも分かってきました。このことからボールと指の摩擦の大小に対する動作の個人による違いが、ピッチングパフォーマンスや投手のケガのリスクに関係している可能性があります。

日本プロ野球機構とアメリカメジャーリーグベースボールの公式球の摩擦係数の違い。日本のボールはメジャーリーグのボールよりも20%もすべりにくいことが明らかに [出典:T. Yamaguchi, et al. Communications Materials, 3 (2022) 92]

私たちの研究室ではこのような人の運動と摩擦に関わる研究を行っています。高齢者や労働災害における転倒事故の原因としてすべりが挙げられますがが、これを防ぐためのすべりにくい歩き方の研究や濡れてもすべりにくい靴底材料や意匠の開発に成功しています。また、靴に力や動きを計測するセンサを組み込んだセンサシューズの開発に取り組んでいます。これにより高齢者施設や労働現場、スポーツの現場など場所を問わず運動計測が可能になると期待されます。さらには、紙や布などの繊維状構造体と肌の接触における摩擦制御技術の開発とティッシュペーパーやスポーツウェアへの応用に取り組んでいます。以上の研究開発を通して、安全安心な生活や社会の実現、スポーツにおけるパフォーマンス向上、障害予防に貢献すべく日々学生とともに奮闘しています。

油で濡れても滑りにくい超耐滑靴底意匠(左上)、可搬型の靴・床摩擦測定システム(右上)、靴を用いた歩行解析システム(下)

——私たちにとって身近な研究をなさっているのですね。研究成果はスポーツや私たちの生活にどのような影響を及ぼすでしょうか?

我々の身の回りには様々な場面で摩擦が登場します。たとえば皆さんが歩いたり、ボールを投げたりするときには、足底と床面や手とボールの接触と摩擦によって力や運動の伝達が行われます。しかしながら、野球のピッチングの例で説明したように人間の運動と外界との接触・摩擦、その知覚との相互作用については、経験的かつ感覚的な理解にとどまっているのが現状です。このようなスポーツにおける競技者の手指と道具の摩擦の関係が解明されることでけがの予防だけでなく、我々が見たこともない新しい魔球の開発につながるかもしれません。

人間の指やゴム、繊維のようなやわらかい材料(ソフトマテリアル)は靴底やタイヤ、衣服など我々の生活に欠かせない材料ですが、その摩擦のメカニズムは複雑でまだわかっていないことがたくさんあります。このようなソフトマテリアルの摩擦メカニズムを解明することで、濡れた床や氷雪面で滑りにくい靴底や自動車タイヤ、スポーツにおけるすべり止め剤、汗で濡れてもべたつきにくいスポーツウェアの開発などが可能になります。我々は基礎研究と産学連携による革新的な製品開発を通して安全・安心な社会や生活の実現を目指しています。

摩擦メカニズムを解明するための接触面観察システム

——所属する学生さんにはどのようなことを求めていますか? また研究室の特色を教えて下さい。

山口・西研は2022年4月に発足した新しい研究室です。企業や国内外の研究機関との共同研究を盛んに行っています。海外への研究留学を希望される方も大歓迎です。基礎研究だけでなく企業との産学連携研究を行っており、研究成果の社会実装にも力を入れています。最近ではオリンピックで使用されたハイグリップシューズや肌触り感に優れるティッシュペーパーなど生活に身近な製品の実用化を達成しています。社会に役立つ実用化研究に携わってみたい方も大歓迎です。

山口・西研では工明会運動会など学内のスポーツ大会に積極的に参加し、好成績を収めています。また、研究を一生懸命行うことはもちろんのこと、研究室内でもさまざまなイベントを学生が主体となって企画して和気あいあいと研究室生活を送っているのが特徴です。

学内のスポーツ大会にも積極的に参加

プロフィール

山口(健)・西研究室
Laboratory Website:https://web.tohoku.ac.jp/yamaguchi/

山口 健
ファインメカニクスコースおよび工学研究科教授/医工学研究科教授

1977年山形県生まれ、2000年東北大学大学院工学研究科博士課程前期2年の課程を修了。その後、東北大学大学院工学研究科助手、助教、准教授を経て、2022年から現職(東北大学大学院工学研究科、医工学研究科教授)。博士(工学)。東北大学学友会男女バレーボール部部長。

西駿明
ファインメカニクスコースおよび工学研究科助教

1986年山口県に生まれ、京都大学大学院理学研究科化学専攻修士課程終了後、株式会社アシックスにてスポーツ用品の研究開発に従事するとともに、2021年東北大学大学院工学研究科博士課程後期3年の課程を修了。2023年より東北大学大学院工学研究科助教。博士(工学)。