特別座談会 ファインメカニクス専攻&コース教員、ナノテラスを語る―Vol.1

ファインメカニクスコース / 教員

ファインメカニクス専攻&コース教員


2024.10.09

特別座談会 ファインメカニクス専攻&コース教員、ナノテラスを語る―Vol.1

ファインメカニクス専攻・コースと3GeV高輝度放射光施設ナノテラス

松隈 本日はお集まりいただきましてありがとうございます。この座談会は学生の皆さんや一般の方々に向けて、今年度に稼働を開始した東北の新しい放射光施設ナノテラスとファインメカニクス専攻・コースとのつながりを発信するために企画しました。どうぞよろしくお願いいたします。まずは私から自己紹介させていただきます。東北大学工学研究科ファインメカニクス専攻 准教授の松隈 啓です。専門は光工学でレーザーや分光学を用いた精密運動・形状計測の研究を行っております。放射光は素人ですが、機械系の広報委員を仰せつかっており、本日の聞き手を担当いたします。続いて本日の座談会にご参加いただく先生に自己紹介をいただきます。

祖山 知的計測評価学分野 教授の祖山 均です。私たちの研究室では、キャビテーションという泡を使って、金属を叩いて強くする研究をしています。航空機や自動車部品を高強度化して軽量化することにより、二酸化炭素排出削減に貢献しています。また、生体用のインプラントの強度向上など医工学の分野への応用も行っています。

千葉 国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)、国際連携スマートラボ(協力講座)の千葉 大地です。私たちはスピントロニクスを大きくゲームチェンジする試みを進めています。磁気記録や磁界センシングで高度に発展してきたスピントロニクス技術を、身の回りの最も重要な物理量と言っても過言ではない力学量のセンシングに活用しようと研究を進めています。ナノテラスはその原理を解明したり、製品化の壁を乗り越えるために重要なツールとなると期待しています。

矢代 同じくSRISで次世代検出法スマートラボ(協力講座)の矢代 航です。当研究室では、X線(ナノテラスや、医療診断等で用いられるX線源等最先端施設の放射光)などの高エネルギービームの量子性と、先端的なマイクロ・ナノファブリケーション技術、データサイエンス技術を駆使することにより、従来の限界を飛躍的に超える新たなイメージング技術を開発し、未開の4D世界の開拓に挑んでいます。

放射光施設ナノテラス(左)と放射光の出射の模式図(右)

菊地 生体流体力学分野 准教授の菊地謙次です。私たちの研究室では、生き物に関わる流れで、普段では視ることが難しい現象を可視化することに挑戦しています。可視光のみならず、近赤外やX線(ナノテラスやSPring-8などの放射光も含む)など様々な光を使ってイメージングを行い、新たに得られた画像や映像を解析することで、新たな現象の発見や物理的な理解につながる研究を行ってきました。医学や薬学、生物学などの生命科学研究とのコラボレーションも行っています。

野村 国際連携スマートラボの野村 光です。千葉先生と一緒の研究室です。私たちはナノ磁性体を用いた研究と、ナノテラスでの計測システム開発などを行っています。ナノテラスではとても明るい光が出ていますので、これまで見えなかった現象が見えると期待しています。

西 ソフトメカニクス分野の西 駿明です。ゴムなど高分子材料や手指など生体材料の摩擦を主に対象とした研究を行っております。これらのやわらかい材料の摩擦は、まだまだ摩擦発現メカニズムから目的に応じた設計指針がまだまだ確立されていません。そこで最近、SPring-8やナノテラスに代表される放射光実験を通した研究をスタートしました。まだまだこれからの研究となりますが、本研究を進めるにあたり、放射光は非常に大きな可能性を秘めていると考えております。

放射光施設―ナノの世界の顕微鏡―

松隈 千葉先生、矢代先生、野村先生は東北大学の国際放射光イノベーション・スマート研究センター、通称SRIS(スライス)のご所属で、ファインメカニクスコースの協力講座となっています。千葉先生にお伺いしたいのですが、SRISについて研究者や企業との繋がり方を教えていただけますか?

千葉 東北大は官民地域パートナーシップで関わっていてSRISはその中のセンターの一つで放射光に関連した部分について運営をしています。コアリションビームラインとして7本ありますが、それらのビームについては、放射光を専門とする先生方が高度な測定法を実装しています。それを共同研究や企業に使っていただこうとしています。

国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)、国際連携スマートラボ(協力講座)の千葉大地教授

松隈 では、放射光についての話に移っていこうと思います。まずは一般の方々・大学生向けに放射光科学がご専門の矢代先生に放射光に関する説明をしていただきます。

矢代 放射光というのは一言で言うと「非常に強いX線ビーム」と言えます。病院で使われるレントゲン写真もX線を使って撮影した写真になりますが、このように物体の内部を透過して中身が見える、という大きな特徴があります。レントゲンよりもはるかに強いX線を使ってナノメートル(10億分の1メートル)の世界の顕微鏡になっているのが、2024度から稼働開始したナノテラスです。これまでにもSpring-8などの様々な放射光施設がありましたが、ナノテラスでは、高輝度の軟X線を放射することから物質の性質を決める電子状態や化学的な解析に使えることが期待されています。

理工系の大学生向けにもう少し踏み込んだ説明をしますね。電子などの荷電粒子が加速度運動をすると電磁波が出るということを大学の電磁気学で習います。さらに相対論的電磁気学まで勉強すると、光速に近いスピードで円運動する電子の電気双極子放射エネルギーは回転する向きの接線方向に偏るんです。エネルギーが集中してビーム状になると、電子のエネルギーが非常に大きいので、出てくる電磁波のエネルギーも非常に大きくなります。これが放射光施設で作られているX線になります。放射光の特徴としては波長が選択できることや、偏光していること、パルスであること、指向性があることがあります。このような特徴を持った放射光を使うと研究室の実験室ではできないような実験ができるようになります。

松隈 世界を見渡すと放射光施設がたくさんありますよね。また、日本でもSPring-8などの放射光施設があります。こういった放射光施設とナノテラスとの違いはなんでしょうか?

矢代 そうですね。世界には3大放射光施設というのがあって、アメリカのAPS、ヨーロッパのESRF、日本のSPring-8、電子のエネルギーが6GeV以上で装置としても数100メートルレベルの大きさを持っています。これらの放射光施設では主に硬X線が出ます。一方で、それより小さな電子エネルギーを持つ放射光施設はもう少し沢山存在していて、日本ではつくばにあるPhoton Factoryやさらに電子エネルギーが1GeV以下の放射光施設がいくつかあります。ナノテラスはSPring-8よりは小さな放射光施設になりますが、それでも日本で2番目の大きさにはなります。電子エネルギーが低い放射光施設の特徴は硬X線より波長の長いX線(軟X線)が出ることです。ナノテラスは軟X線を出すのが得意で、同じくらいの波長が出る放射光施設と比べると圧倒的に輝度が高い(明るい)というのが特徴になります。軟X線は波長で言うと1 nmから10 nmくらいの波長を指します。この領域だとナノテラスはSPring-8よりも明るい光が出せます。もう少しプロ向けの話をするとビームの大きな多極ウィグラーのモードだと硬X線でもSPring-8よりも明るい光が出せます。

SRIS、次世代検出法スマートラボ(協力講座)の矢代 航教授

松隈 ありがとうございます。ナノテラスから出てくる軟X線を使うとどういったことができますか?

矢代 輝度が高い光源を使うと高速測定ができます。例えば我々のグループでは、SPring-8を使って10 msの時間分解能で現象をとらえることができる4D放射光CTというものを作ってきましたナノテラスだとSPring-8の約10倍の輝度がありますので単純計算で1/10の1 msの時間分解能の装置が作れると考えています。(※10 msは一般利用できる装置。原理実証実験では0.5 msまでの時間分解能が達成されている)

松隈 最近ナノテラスを使った成果として、干渉測定を使った最近の成果で、ナノメートルクラスの分解能でものが見えるということが報告されました[1]。これは放射光の干渉性を用いた測定ということですけれど、干渉性に関しても教えていただけますか?

[1] https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/05/press20240509-01-tender.html

矢代 ナノテラスは放射光施設としては第4世代と呼ばれるクラスに分類されています。これは加速器の中を走る電子ビームの曲げ方の技術進化を表していて、SPring-8(第3世代)に比べて曲げ方を緩やかにしていてその代わりに何度も曲げるマルチベンドアクロマートという方式を採用しています。これによって電子ビームを小さな領域に閉じ込めてサイズを小さくできます。電子ビームのサイズを小さくできると放射光のコヒーレンスが高くなるので、干渉性の高い実験が可能になります。

松隈 これまで放射光がどのように使われてきたか、というようなことをご解説いただくことはできますか?

矢代 こちらの図にざっくりと放射光の使い方をまとめてみました。だいたい3つに分類できます。

1つ目は構造解析です。光というのは波長と同程度以上の大きさの物体に当たると回折現象が起きます。X線の波長は原子の大きさレベルまで短くできるので原子によって光の散乱現象が起きます。それを使って原子の構造を見るということができるようになります。

 2つ目はX線の吸収を用いる方法で、吸収分光による原子識別や吸収した分子のまわりの局所的な構造を調べるXAFS、磁場をかけたときに右回りの円偏光と左回りの円偏光で吸収量が異なることを利用するXMCDなどがあります。

 3つ目はX線を当てることで物質を励起して、別の波長のX線や電子が放出されることを利用した構造分析です。

 以上はすべて以前からある手法ですが、最近は2次元イメージングになったり、さらに「トモグラフィ」と呼ばれる3次元イメージングに発展しつつあります。(Vol.2に続く)

プロフィール

【座談会参加教員】

祖山 均 教授
知的計測評価学分野
Laboratory Website:https://web.tohoku.ac.jp/ism/

千葉大地 教授
国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)、国際連携スマートラボ(協力講座)
Laboratory Website:https://chibalab.sris.tohoku.ac.jp/

矢代 航 教授
国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)、次世代検出法スマートラボ(協力講座)
Laboratory Website:https://www2.tagen.tohoku.ac.jp/lab/yashiro/html/

菊地謙次 准教授
生体流体力学分野
Laboratory Website:http://www.bfsl.mech.tohoku.ac.jp/index_jp.html

野村 光 准教授
国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)、国際連携スマートラボ(協力講座)
Laboratory Website:https://chibalab.sris.tohoku.ac.jp/

西 駿明 助教
ソフトメカニクス分野
Laboratory Website:https://web.tohoku.ac.jp/yamaguchi/

【司会進行】

松隈 啓 准教授
精密ナノ計測学分野
Laboratory Website:https://web.tohoku.ac.jp/nanometrology/staff.html